北京雑感―49

北京の秋

 

 北京を旅行するのに一番良い季節は秋だとよく言われます。中国語には、“秋高気爽(qiu gao qi shuang=秋空が高く空気がすがすがしい)”という言葉がありますが、北京で生活していて、“時折”この言葉を実感して感激しました。北京の秋には、日本のように活発な秋雨前線の活動もなく、天気が安定していますので、本来は毎日が“爽快な”筈です。ところが最近は自動車の排気ガスのせいで、朝起きて、抜けるような青空を目にし、すがすがしい空気を胸いっぱい吸い込める日は少なくなり、短い秋はすぐ去って、冬将軍と入れ替わります。

 日本でも秋・冬は空気が澄んでいるので、遠くから富士山を見るには最適な季節と言われます。中国大陸も同じような状況のはずなのに、北京の冬の空気が「爽快」でなかったのは、暖房のために石炭を燃やすので空がどんよりとしていたからです。石炭の煙で太陽光が遮られ、外気の冷たさを余計感じたものでしたが、最近は、石炭の使用は厳しく規制され、煙を吐く煙突は殆ど見かけなくなりましたので、今なら、冬の空気も秋に劣らず爽快なはずです。

 しかし、現在北京の空は、季節に関係なく一年中爽快感とは無縁な、淀んだ空気に覆われています。これは、日本を追い抜いた自動車保有台数のせいです。国全体の自動車保有台数は、既にアメリカに次いで世界第二位になったようですが、人口の多さ、国土の広さを考えれば不思議はありません。ところが、最近中国人の友人が、北京市内の自動車台数が東京都の保有台数を抜いたと教えてくれました。真偽の程は確認していませんが、最近の北京市内の様子を見れば、納得してしまう話です。

 3年前の北京でも、住まいの窓から見える西三環の自動車通行量はかなり多く、朝は南行方向、夕方は北行方向で時折渋滞が発生していましたが、現在は、朝夕両方向とも毎日のように渋滞が発生しているそうです。渋滞が頻発するのでは、通勤には不便ですし、地下鉄の路線も増えたので、自動車通勤をやめれば良いのにと思いますが、持っていると乗りたくなるのが自動車ですから、簡単には自動車通勤が減らないようです。

 今北京では、日本と同じようにハイブリッド車がよく売れるようになり、北京市政府は電気自動車の製造・販売に対する優遇措置を検討しているようですが、これらは将来を見据えた話で、現在は、今走行中の自動車に対する排ガス規制をどう行うかが問題です。因みに、北京オリンピックの時に始めた、曜日毎に、走れる車を登録番号で制限する規制は、現在も続いているそうです。

 東京でも数十年前には、排気ガス公害の酷い時期が有りましたけれど、現在は余り問題にならなくなりました。北京は、状況が今より少し良くなりさえすれば、東京より道路が広く、東京のように建物が道路際まで迫っていない分、かなり緩和されるのではないかと、素人考えで期待しています。

 北京の秋の楽しみの一つである爽やかな空気は少なくなりましたが、北京の秋には、他にも楽しみが有ります。焼き芋と甘栗です。

 立秋の声を聞くと、気の早い焼き芋屋さんを見かけるようになります。日本の焼き芋屋さんのように拡声器で叫びながら移動するようなことはないので、多くの場合、臭いで其の存在を知ります。

 初めて北京の焼き芋を食べた時、そのねっとりした食感と甘さに感激して以来、「焼き芋は北京に限る」と思い、日本から友人が来る度に焼き芋をご馳走するのですが、友人の為に買う時は、不思議とホクホク系のお芋にあたるのでした。それはそれで美味しいのですが、私の「目黒の秋刀魚」ならぬ「北京の焼き芋」は、ねっとりと柔らかく甘いもので、友人にもそんな焼き芋を食べてもらいたいと思うのですが、うまく北京のお芋本来のネットリ系に当りません。

 そこで自衛策を編み出しました。先ず売っている焼芋をじっくりと観察します。焼けた皮の切れ目に密が滲んでいるようなのがあたりです。それでも最初は一番小さなのを買って、自分のものになってから割ってみます。割ってみて、美味しいお芋なのを確認してから、改めて必要な量を買います。これなら失敗なく、美味しいお芋が手に入ります。

 その点、美味しい甘栗を手に入れるのは簡単です。北京の友人が教えてくれたのは、行列の出来ているお店で買えば間違いがないと言うことです。私の知っている一番近いお店は、平安里大街に面したお店ですが、秋以外の季節には、それと気づかずに通り過ぎてしまうのです。ところが秋になると、バスに乗っていても、長い行列が目に入り、上を見ると栗の絵が描かれた真新しい看板が掛かっていて、甘栗屋さんと分かります。

このお店は一種類の栗しか売っていないので、20人位並んでいても、焼きあがったばかりなら10分程で買うことが出来ますが、それが終わってしまうと、次の鍋の栗が焼きあがるのを待たなければなりません。行列をしながらガラス窓の向こう側を覗くと、1mもある大きな中華なべを4台並べ、職人さんが1台に1人付いて、中の栗を絶えずかき混ぜながら焼いています。職人さんの手元を眺めているうちに、順番が来て1斤(500g)買うと紙袋に入れて手渡してくれます。暖かい袋を胸元に抱えて家路を辿ると、不思議と幸せな気分になってきます。北京で、私が一番好きなひとときです。

 

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