北京雑感―48

本屋さん

 

 最近、テレビで、職を失った日本の若者が、リヤカーに積んだビジネス書をオフィス街で売る新しい商売に挑戦し、手ごたえを感じ始めたというニュースを見ました。「取り扱う本は必ず自分でも読んで、内容を把握した上で、自信を持ってお客に勧める」と言う姿勢に、若者らしい気概を感じて、商売の成功を祈り、応援する気持が湧きました。

 

 リヤカーで売り歩く本屋さんと言えば、北京でも良く見かけました。中国の新刊書販売システムがどうなっているのか詳しいことは分かりませんが、日本と決定的に違うのは、本屋さんでも新刊書の値引き販売が行われていることです。最近は、日本でも新刊書を値引きして販売することが許されて、定価より安い値段で売られる本を時折見かけるようになりましたが、まだ余り多くありませんね。

 

 北京では、常時、新刊本を定価より安く販売している本屋さんがあります。特別な表示は無いのですが、口コミで、「あの店は15分引き」とか、「あちらは1割引」とか聞いて、学生達がよく利用しています。勿論、我々が何も知らずに買っても、ちゃんと値引きしてくれます。新刊本が定価よりも安く買えると、値引きの額以上に得をしたような幸せな気分になります。また、店によっては、特別な棚を設けて、「この棚の本は2割引」などと表示していることもあります。いずれにしても、本の定価は日本よりもぐっと流動的ですが、勿論、本屋さんの全部が安売りをしているわけではありません。

 

 そんな中、自転車で引いたリヤカーに本を積んで売っている人達がいます。路を歩いていると、歩道上で店を広げているのを見かけます。毎日ではありませんが、同じような場所で違う人がリヤカーを止めていることがあります。随分多くの人達がこの仕事をしているのでしょう。しかもこの本屋さん、殆どが一冊10元です。落丁乱丁などは無く、表紙も綺麗なちゃんとした新刊本です。タイトルが興味深そうだと、直ぐ読む積りは無くても、思わず買ってしまいます。

 

 この本屋さん、一般の新刊書が10元なだけでなく、《ハリーポッター》の英語版最新刊本も10元で売っていました。

 

発売されたばかりで、大きな本屋さんでは、平積みにして宣伝しているものなのに、どうして此処で10元なのか不思議でした。中国の友人によると、これは海賊版で、正規の版権を得ていないので安く印刷できるのだそうです。時にはCDを売っていたりするので、当然それも海賊版なのでしょう。こんな話を聞くと、安いのは嬉しいけれど、買って良いものかどうか、複雑な気持になります。

 

 このリヤカーの本屋さんの他に、歩道橋の上では地面の敷物に同じような本を並べて売っていることがあります。此処では10元よりも安いものも有ります。時間のある時に覗いてみると、掘り出し物が見つかることもあります。こんな所は、流石に文字の国中国だと感心させられます。

 

 ところが、北京では文字通りいたるところにある本屋さんが、夏に訪れた黄土高原の延安・延川では見つかりませんでした。陝北地方の旅は現地の友人にすっかりお任せで、連れて行っていただく場所も地名だけで、それがどの辺にあるのかすら分からないので、訪問地近辺の地図を買って確認しようと思いました。ホテルには無かったので、街の本屋さんで買おうとしたのですが、街の人、誰に訊いても本屋さんは無いと言うのです。そんなことは無かろうと、走る車の中から街並みを注意して見ても本屋さんらしきものは見当たりませんでした。どうも本屋さんとして独立した店舗はないようで、結局地図は西安へ行くまで買えませんでした。

 

 西安でやっと買えた地図は、西安の市街地図と陝西省地図だけでした。陝北地方の詳しい地図が欲しいと思ったのですがありませんでした。9月号わんりぃ誌上で丹羽さんが書いておられた、地図を必要としない人々のお話で、ホテルに付近の地図はおろか、延安・延川の市街地図さえ置いていない(売ってさえいない)事実が、スンナリと腑に落ちました。

 

 地方の市や県(中国の県は市より小さい)に本屋さんが少ない、或いは無いことを実感して、北京の本屋さんで見た光景が思い出されました。ご存知のように、北京の中心部には規模の大きな本屋さんが何軒かあります。その規模は、日本で一、二を争う大規模書店と同等、或いはそれ以上のものですが、何時行っても人が溢れています。その人々が買う本も我々の常識を超える量です。外資系のスーパーマーケットで使っているような大きなカートに何十冊もの本を積んでレジカウンターに並ぶ人が大勢います。初め、図書館関係の人が買いに来ているのかと思いましたが、どうも違うようです。北京の友人に訊くと、「田舎から出てきた人が、他人に頼まれたり、自分の読みたい本を纏めて買って行くのだ。」と説明してくれました。それにしても、その量が半端ではないので、友人の説明に半信半疑でしたが、今回、陝北地方で本屋さんが少ないのを実感して、初めてこの説明に得心しました。

 

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