北京雑感―46

北京市生活地図冊

 

 初めて北京へ行った時、地下鉄「前門」駅の階段を上がると、手に思い思いの品物を持った人々が、我々の周りに寄って来て、「買え、買え」と言うのにビックリしました。品物は帽子だったり、絵葉書だったり、五星紅旗だったり、中には竹の弾性を利用した、木登り猿のおもちゃもありましたが、一番多かったのは、「北京市街地図」を売っている人でした。こんな光景も、「今は昔」となってしまい、チョッと寂しく感じています。

 友人の案内で歩く市内見物でしたが、地図はあったほうが良いと思い、1部買いました。その時の値段は、確か1元、あるいは半分の5角だったかも知れません。もう忘れてしまいましたが、随分安かったことだけは覚えています。それから2,3年して、北京で生活していた私の処へ、日本から友人が遊びに来て、一緒に市内を歩いていて、あの地図を買うと、もう3元になっていました。他の物価と比べると、随分大幅な値上げです。

 次の年に、別の友人が来て、又地図を買いました。「いくら?」と聞くと、4元とのこと。高いと思って、「あちらでは3元で売っていた」とカマをかけると、「それじゃ、3元でもいい」と売ってくれました。「何だ、まけられるのだ。」と気をよくして、家に帰ってよく見ると、「2004年版」とかいてありました。2年も前の地図だったのです。古いものを売りつけられて、悔しいと思いましたが、考えてみれば、値切らなかったら、古い版を4元で買わされたのですから、それよりは良かった、と考えることにしました。

 それ以後、地図やさんに声をかけられると、「いくら?」と聞くことにしました。それからは「4元」が多くて、時折、「安くして」と言うと、「今年の版だからダメ」言われました。時々、「3元」とか「2元で良い」と言う人がいますが、「この人の売っているのは、古い版の地図だ」と分かるようになりました。

 この種の地図は、旅行者には便利ですが、長く滞在するとなると、大まか過ぎでチョッと不便です。それで、友人から勧められて使うようになったのが、「北京生活地図冊」と言う地図帳です。名前は版元によって少しずつ違いますが、共通項は、「生活」と言う文字が入っていることです。地図には目印になるような大きな商店やデパート・スーパーなどが記載され、バス停の情報も載っています。バスの路線や、停留所も詳しいので、目的地の最寄停留所を探したり、どの路線を使いどこで乗り換えるかを調べたりと、毎日便利に使っていました。

 しかし、この地図、2006年頃から、本屋さんで見かけなくなりました。当時は、北京市内はあちこち大規模な工事をしていて、新しい路ができたり、それに連れてバスのルートが変わったりするので、地図の最新版を欲しいと思い、あちこち本屋さんに寄って見るのですが、殆ど見かけなくなりました。新版は勿論、古い版の地図帳も見かけなくなりました。これは私の勝手な想像ですが、出版社は、北京の改造が終わるまで新しい地図帳を出版しないことにしたようでした。

 確かに、地図を作る傍から新しい路や広場が出来たのでは、正しい地図にはなりませんから、工事が落着くまで待つほうが賢明でしょう。きっと今頃は、北京オリンピックで大きく変わった北京市街地の新しい生活地図帳が出来ていることでしょう。次回北京へ行った時には、是非一冊買ってみようと思っています。

 このようにお話しますと、この地図、とても正確なのだろうと想像なさるでしょうが、実際は違います。地図上の位置と実際の位置が違っているところを随分見つけました。好意的に考えれば、北京市街の大改造に地図が追いつかなかったのだと言えますが、私が実際に遭遇した違いは、それでは片付けられない種類のものでした。

 私が住んでいたのは、西側が西三環に接したブロックです。家の近くに細い道があって、小さいお店や食堂が並んでいて、毎日利用していたのですが、この道が地図上にはありません。別の道があるようなので、時間のある時に、遠い方からその道に入って歩いてみました。地図に依ると真っ直ぐな抜け道のはずなのに、暫く行くと正面に店が見えて来てどうやら行き止まりのようです。見届けようと更に歩いてゆくと、何と、路がクランク状に曲がっていたのです。そして更に歩くと、その先にいつも利用していた商店街がありました。つまり、地図上では真っ直ぐに書いてある路が、実は途中で直角に曲がり、更にねじれていたので、いつも行く商店街が地図上の路と一致しなかったのです。

 またある時、北京西駅近くの蓮花池公園に行き、バスの停留所に近い西門から入ろうと、歩いたのですが、西門はありません。近くの人に聴くと、西門はこの路には無く、もう一本裏の道に面しているのでした。

 直線で描いてあった路は直角に曲がり、公園の門が面する路が一本省略されていたのです。この二つの違いは、どちらも昔からの地域でのことですから、地図が違っているのは明らかです。

 この経験から、北京の地図をあまり信用しなくなりましたが、新しく発行された地図は訂正されて、正しくなっているのだろうと、期待しながら新しい地図が買える日を心待ちにしています。

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