北京雑感―44

囲み−U

 

 

 もう一つ、中国人は囲いが好きという印象を強めた経験は、列車で北京を離れた時、どの辺りか定かではないのですが、車窓から見える畑に比較的新しい柵がめぐらしてあるのを目撃したことです。牧草地などではなく、その時は作物が植わってはいませんでしたが、畝があり、畦道が通っていて、明らかに畑です。見渡した所に家はおろか、農具小屋のようなものも見えないのに、柵がかなり広い範囲にめぐらしてありました。

 中国人の友人と一緒だったので、「あれは何?」と聴きましたが、彼らにもわかりませんでした。冗談に、「大躍進時代の共同農場の仕切りではないの?」と言って見ましたが、言下に否定されてしまいました。確かに、そんなに古いものではありませんから、余計不思議でした。考えられるのは、個人か企業かは分かりませんが、新たに所有権(中国での土地は使用権だそうですが)を得て、その事実の周知を図っているのではないかと言うことです。

 そう言えば、北京近郊でも、これほど大規模ではありませんが畑の周りに柵を造っているのを、車で通りかかってみたことがあります。この時は、囲いの中に農家が一軒建っていて、自分たちの畑の境界を主張しているのが明らかに見て取れました。柵と言っても、日本でよく見かける金網とか鉄棒のフェンスではなく、地面から五、六十センチはレンガで造り、その上に鉄棒を植え付けたような本格的な囲いです。畑にこのような囲いは、日本人の感覚に馴染まず、奇妙な印象だけが残りました。

 前にお話しましたように、大学構内の建設現場に設けられた、瓦をのせたモルタル造りの塀を奇妙に感じましたが、あれは、安全のために部外者の立ち入りを禁止すると言うより、「我々の城である、この作業現場を部外者の侵入から護る」と言う思いで建てた囲いだと考えれば、畑地の囲いと同じような意味を感じて、納得がいきます。

 日本では、畑に囲いをするのは、鹿や猪から農作物を護るためが主で、例え隣人と折り合いが悪くても、隣の畑との境界に柵を造ることは余り無いように思いますが如何でしょうか。中国では、仲の良い隣人同士でも、必要とあれば畑地にでも柵を設けるとは、私の友人の説明です。これは、国民性の違いと言うよりは、歴史的な必要性がこのような習慣を生んだのではないかと勝手に思っています。中国は平らな土地が広いので、何処が境界なのかはっきり示す必要があり、その境界を巡る争いの積み重ねが歴史なのでしょう。

北京の近郊を車で走っていると、突然、前方にアーチが現れて、そこに○○鎮、△△郷と書いてあったり、時々は、「××鎮歓迎?」と書いてあったりします。勿論日本でも、「ようこそ○○温泉へ!」とか、或いは道路際にポールを立てて、「これより△△市」などと行政区画の境界を示したりしていますが、それらはあくまでも通行する人々への情報として提供していると感じることが出来ます。

 ところが、中国で見かけるこの種の看板は、通行人への情報と言うより、一歩も二歩も進んで、「此処からは○○鎮だぞ!」「この先は我々△△郷の土地だ!」と外部の人たちに境界をはっきり示すためにあるように思えます。それが証拠には、ごく偶にですが、アーチの両脇にフェンスが延びていたり、無人の番小屋らしきものがあったりします。勿論、今現在使用している様子はありませんが、昔の存在意義を充分に察することができる雰囲気を持っています。昔は、地域の境界線を護る重要な施設だったと思えます。

 中国では、この境界線のために多くの英雄が活躍し、策士が暗躍し、美談も悲恋も語り継がれて、長い長い歴史が形成されて来たのでしょう。このような囲いの文化があってこそ、孟嘗君の「鶏鳴狗盗」のお話が納得でき、面白く伝わっているのです。中国の人々にとって、境界を先ず囲ってしまうのが安心なのだろうと推察します。この囲いの意識が、近代的な大都市北京でも「小区」と言う行政単位として生き残っています。「小区」の入り口には必ず人がいて、用も無いのに入り込むのは難しい雰囲気ですが、中の住人を訪ねるのだと分かると、とても親切に対応してくれます。

 中国の人々は、地面に囲いを築くけれど心はオープンで、一度知り合うと、直ちに友人として暖かく受け入れてくれる方々が多いと感じます。囲いの無い日本では、当然のことながら全ての人が心を開いてくれるわけではありません。地面に囲いのない分、心はより慎重になることもあるのかも知れません。

 中国人も日本人も、いろいろな人がいます。直ぐに打ち解ける人、なかなか打ち解けられない人、直ぐに受け入れてくれる人、受け入れに慎重な人、本当に種々様々です。背負った歴史や、生きる地域の地勢によっていろいろな特性を持つけれど、その特性でも覆いきれない本性を人間は持ち合わせているのです。人間の性質は千差万別ですが、人種・国籍にかかわらず、その本質はあまり変わらないのだとつくづく感じます。

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